昨日、公演のチラシ用写真を撮り直し・・じっとしているのが難しい・・お互い妥協せず2時間撮影 [日記]
動いて演じる車人形を、止めて写真を撮るのも、なかなか大変な作業です。その姿勢をじっと保つというのが結構難しいのに、ちょっとした角度で表情が変わる人形の顔!写真を撮っては、カメラのデータを出してもらいチェックして・・もっと手が・・足が・・顔の向きは・・と言っているうちに、形を維持しきれず崩れていくのを持ち直し・・。何度もポーズを作り直し、写真撮り、納得のいくより良い写真を!と思うため、お互いに簡単には妥協できず、およそ2時間かけて写真を撮りました。人形も重たいけれど、カメラも重たい物です。9/1の「シアター1010」での佐倉義民伝の公演と、雨宮真理さんの写真展は、平井澄子生誕100年記念として協賛開催。準備は、同時進行状態です。
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チラシ用写真は、納得できるポーズが決まらず連休明けに撮り直しに! [日記]
今日、一日、車人形集中稽古!朝から車人形の稽古&午後合わせ稽古&チラシ用写真撮影! [日記]
今日は、一日車人形集中稽古!午前中は車人形メンバーだけの稽古・・・午後から民研メンバーとの合わせ稽古。7月の公演メンバーが勢揃い!・・・雨宮さんも来てチラシ用写真撮り・・・。今回、7月の公演では、宗吾役と甚兵衛役を、役を替えてすることになりました。甚兵衛を祐二さん、宗吾を師匠が演じます。今日は、役を入れ替えての初めての稽古でした。民研との合わせ稽古には、ふきの会の坂井敏子先生も来場!一日車人形!更に、明日の夜は、通常稽古。
カメラマン 雨宮真理 車人形写真展 8/28~9/8 東京・銀座EIZOギャラリーにて開催されます [お知らせ]
車人形の写真を撮り始めてから6年間。車人形の魅力にすっかりはまり、師匠・川瀬いとしの一番のフアンとなり、今では私達の強力なスタッフとして写真を撮ってくれているカメラマン・雨宮真理さん。平井澄子・生誕100年記念「佐倉義民伝」公演は9/1。時期がちょうど重なる8/28~9/8の日程で、銀座のEIZOギャラリーで車人形の写真展を開催されます。こちらは写真集を作った「唐人・おきち」の写真が中心になります。是非、公演と共に、写真展の方も今後の予定に入れてください。今後、準備の様子などブログでも公開されるようです。詳しくは、雨宮真理さんのブログにて。
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宗吾の衣裳、襟の手直し部分をまち針で仮止めしたまま着付けして様子見!頭付けて動かしてみてOK! [日記]
新たに宗吾の衣裳を作り直し、形に出来ました。早速、仮着付けしてみました。襟の角度を手直ししなければならず、待ち針で仮止めしたままですが、動かしてみて、立ち姿、座り姿を確認。OKがでました!着物は、約10センチ長く、裾回りも広くしました。前の衣裳だと、身ごろの横幅も余裕なく、長さも短く、着せるとツンツルテンで、イマイチ恰好が悪かったのです。中襟もダブルガーゼの布地買ってきて新調しました。顔が白いので、着物はもう少し明るめの色の方がいいと、私の独断と思い込みのセンスで、着物はグレーの縞にして、中襟は明るめの違う色がいい・・。あとは、手直し部分を縫い仕上げ!また、来週は着付けです。。先週は、仕事終わってから夜な夜な衣裳製作・・土日はほぼ徹夜。月曜の仕事は有給で半日休んで最後の追い込み・・・少し時間に遅れましたが、何とか形にして持っていくことができました。また、雨宮さんも写真撮りに駆けつけてきてくれていて、着付けの準備をして皆で、私が衣裳を持ち込むのを待っていました。・・・師匠が動かし始めたら・・あとは撮影会でした。目途がつき、私もやっと、ぐっすり眠れそうです。
衣裳作製中の作業を写真撮りに、雨宮さんが我が家へ・・・ついでに二人で昔のビデオ見ながら「佐倉義民伝」学習会! [日記]
衣裳作製し直しのブログ記事に、カメラマン雨宮さんが反応して、作業しているシーンを写真に撮りたいと申し出があり、我が家へ来てもらうことになりました。ツルの恩返しじゃないけど、試行錯誤しながら作製中の裏側はあまり見せられるものではないが、雨宮さんも多くを語らなくても現物を見たら事情がわかる人でもあります。それと、人が来るときしか家のかたづけがなかなか出来ない私なので、ちらかっていた部屋を少しは掃除して、待ち合わせをして来てもらいました。二人でコンビニスイーツでお腹を満たし、まずは、マンション13階からの満開の桜を撮影!窓側にある職業用ミシンとベビーロックと、使っているミシンがモーター付きで、油をミシン底にたっぷり入れたまま使うタイプのミシンであることと、背の高いミシン糸が職業用の物であるのに反応!職業用で慣れてしまった人には家庭用ミシンでは物足りないのがよくわかります。私が20代前半から長年使い続けている物がいまだ残っているのです。二人の共通は、アパレル業界の仕事経験があることと、同じ新宿文化服装学院で洋裁の勉強をした経歴があるということ。昔の懐かしい写真を見せてあげたり、話をしながら作業中の写真を撮り、休憩兼ねて「佐倉義民伝」の古いビデオを鑑賞しました。まだ、佐倉義民伝の作品を雨宮さんは見たことがなかったので、台本も見ながら、このセリフで決めのポーズをとる。とか、このセリフは重要とか。タカクラテル作、平井澄子作曲の「佐倉義民伝」の見どころの説明をしながらでしたので、二人の学習会ともなりました。記録写真を撮ってもらうのに、見どころや重要なセリフを理解して撮るのは、雨宮さんにとっても「カメラマンとしていい仕事!」になるかどうかがかかっている重要なことでもあり、また、そういうことまでにこだわって知った上で写真を撮ろうとする雨宮さんの追っかけカメラマンの資質でもあります。この、作品を通じて何を伝えたいか・・解説や私なりの見解・・・それは、改めて今後このブログでも紹介することにしましょう。若かりし頃の師匠と、ふきの会の先生方の映像を見ながら、「若~い!!」。改めて説明しながらビデオを見ると、相当現代語に置き換えているののの、何を言っているか歴史的人物名や時代劇ことばが、子供では理解しにくい部分が少し出てくることと、落語のおちのように、じっくり話を聞ける大人でないと、この物語の見どころや良さがわからず、途中寝てしまう危険性のある人形の動きが少ない語り中心の部分も多い「大人のための人形劇である」ことを認識した次第です。
やはり宗吾の衣裳を作り直すことに!次回着付けられるよう夜な夜な作成中! [佐倉義民伝]
こうして、宗吾の人形を上半身だけ見るとそれほど違和感がないのですが、足付けて全身見ると、どうもバランスが悪く、動かしてみるとしゃがんだ体勢もイマイチおかしい。結局着物が寸足らずとの判断で、ひと回り大きく作り直すことにしました。何だか、なかなか稽古に進めず、着付けをしては脱がし、やり直してもしっくりいかず・・・宗吾が恰好悪いと、物語もさまになりませんから、頑張って着物も作り直すことにしました。三度目の正直?何だか着付けばかりに時間かかっている?今度こそ上手く出来るといいのですが・・・。来週月曜に着せられるよう、別布地で夜な夜な、私が作成中です。
3/27 「唐人・おきち」の命日!カメラマン・雨宮真理さん写真展開催決定のお知らせ(予告) [PickupPR]
宗吾の頭が大きくなったら、、着付けて手足つけたら、イマイチバランス悪い。。着物が、ツンツルテン。。。 [日記]
先日、頭が大きくなった宗吾を着付けして、さあ練習と、手足付けてみたところ、何だか子供の着物着ているみたいに、着物がツンツルテンに見える。。頭が大きい分、着物も大きくしたかったのですが、甚兵衛は、それなりに同布の端切れが残っていて、上手く大きく出来たのですが、宗吾の着物は同布が残っておらず、ほどいて縫い代いっぱいに拡げたものの、不充分だったようで、幅も丈も足りない感じ。。。着つけるのも難しい。これは、稽古は、時間も無いのでこのままでやるにしても、本番前に着物を縫い直したほうがいいかもしれない。。悩むところです。別布にすると、印象が変わったりするので、微妙?頭変えただけで、こうも影響が大きいとは。。簡単にはいかないものです。
東日本大震災から1年。9/1(土)平井澄子生誕100年記念公演「佐倉義民伝・甚兵衛渡し場の段」にむけて [佐倉義民伝]
今年、平井澄子生誕100年として、9月の「佐倉義民伝」公演が決定しました。この作品は、タカクラテル作、百姓一揆の物語です。渡しもり「甚兵衛」を主人公としています。名主「宗吾」と、渡し守「甚兵衛」の、立場の違う者同士が、想いを一致させて、一揆の犠牲になる決心をします。人間同士の結びつきの美しさを全面的に押し出すことを目的に作られました。東日本大震災から1年。原発事故の影響もあり、なかなか復興も進まず、いつまで耐えろというのか・・。甚兵衛は渡し船の船乗り。甚兵衛の人形の姿を借りて、被災地の漁港の町の人達の姿が重なります。そして、自らの命を犠牲に人々の緊急避難放送を逃げずに叫び続けた方や、人を助けるために戻って津波にのまれて命を落とした人達がいたことを心に刻み、宗吾が偲ばれ350年語り継がれているように、震災のことを風化させずに語り継いでいきましょう。私達、労音・車人形の会も人形の遣い手として、精一杯演じさせていただきます。
3/5(月)、民研のベテランお二人による佐倉義民伝の語りを聞く。まだまだ過渡期と言いながら、最初の方だけの予定が・・結局最後まで勢いで語りきりました。。 [日記]
一日、人形手直しと着付けと大道具点検!新しい頭もできてきました。 [日記]
佐倉義民伝を公演するにあたり、人形の頭を新たに作りました。以前のより、どちらもひとまわり大きくなりました。今日は一日、着付け作業と大道具を点検。大道具・・特にバックの絵の組み立て式柱、その他小道具を点検し、稽古で使う物を出して確認しました。師匠は手の手直し作業。他女性陣は一日、針と糸を持って作業。祐二さんはバックの絵の組み立て柱の確認。10時~16時。の予定が17:00頃までかかり、着付け完了。新しい宗吾の頭は、目鼻立ちがハッキリして真っ白なので歌舞伎役者風?。月曜には民研の方が来て7月公演の打ち合わせを予定。
終わってから、飲んでいたら・・9月公演予定の語りの野口さんから師匠に電話が!メンバーが一緒に居ることを知ると・・皆と話したいと・・次々会話し・・久しぶりの再演についてのご挨拶!また、御一緒出来ることを嬉しく思います。私たちにとっても平井作品への想いを分かり合える語り手なのです。
手直しした衣裳、OK!次回から着付け。稽古は3月から本格的に! [日記]
Facebookのアカウントでコメントができるようになりました! [お知らせ]
甚兵衛&宗吾の衣裳手直し!頭も作り変えて・・・近々・・ [佐倉義民伝]
平井澄子の会の新年会に、師匠と参加しました。堀田家跡にある宗吾殿も立ち寄りました。 [日記]
平井先生の誕生日1/15の頃に毎年行われる、平井澄子の会の新年会(1/16)に、師匠と私が参加しました。場所は、浅草にも近い、田原町の飲み屋。一年の始まりに、大先生方ともご挨拶し、民研や平井澄子の会会員の先生方にもお会いできる場なので、出来る限り参加するよう努めてきましたが、高齢の時間に融通がきく方が中心で、今回、平日の5:00の設定は、普段5:30まで普通に勤めている私にとっては半休取らないと間に合わない時間でした。半休ついでに、浅草にも近い宗吾殿(寿3-19-12)にある、宗吾を供養し祀る堀田家屋敷跡の場所にも寄りました。
昨年、東日本大震災では、自分の命を犠牲にしてでも市民を助ける人の姿がありました。年貢で苦しむ農民を助けるために犠牲になった義民宗吾と通じるものがあり、今年、佐倉義民伝公演をやる意義は大きい・・・(川瀬師匠の挨拶より抜粋)。今年の公演は、平井澄子生誕100年を記念して・・そして、坂井敏子先生は米寿を迎えられます。
佐倉義民伝のゆかりの地めぐりへ行ってきました。 [日記]
あけましておめでとうございます。今年は公演もあり、気合いを入れ直して頑張ります!! [佐倉義民伝]
労音・車人形の会は、今年、既に「佐倉義民伝」の2回の公演予定が決まっていることもあり、1/7(土)千葉県の佐倉へ「佐倉義民伝」ゆかりの地を訪ね、学習と初詣、公演成功を祈願し、日帰りドライブを予定しています。佐倉へ行って、「佐倉義民伝」への想いを深め、また、戻ってから、新年会で意思統一。やっぱり酒がないと勢いつかないメンバーなのです。![]()
2012年平井澄子生誕100年記念演奏会!車人形公演決定! [公演]
車人形作品の作曲をされた平井澄子先生は、来年、没後10年、再来年、1月には生誕100年を迎えます。今後の労音・車人形の会出演の公演予定をご案内いたします。
2012年7月1日(日) 2:00~ 労音十条会館 佐倉義民伝「甚兵衛渡し場の段」 車人形つき 民族音楽研究会の記念発表会として、語り分けの形での公演になります。他、民族音楽研究会の琴、三味線などの演奏演目があります。(定員 約100名)
2012年9月1日(土) 4:00~シアター1010(北千住駅西口マルイ11F) 平井澄子 生誕100年記念演奏会 佐倉義民伝「甚兵衛渡し場の段」車人形つき 語り 東音・野口悦至 平井塾メンバー 琴、三味線等演奏・・「新曲まんざい」車人形つき・・他(定員 700名)
佐倉義民伝ゆかりの地めぐり~1/7(土)に計画! [佐倉義民伝]
「佐倉義民伝」「さんしょう太夫」「唐人・おきち」車人形付き3作品は、しいたげられた者達の立場から時代の不条理を描いて語り継がれてきた社会問題提起歴史物語 [解説]
日米地位協定見直しのニュース・・・実在の人物、唐人・おきちの犠牲のもとに、不平等条約歴史の発端とも言える日米間の不平等条約が歴史上最初に結ばれたのが、安政の不平等条約・・以来・・日米安保条約・・軍事基地問題・・日米地位協定・・「唐人・おきち」の物語を通して、時代の不条理を訴えてきたのです。(1973年作曲)
「新曲さんしょう太夫」は、日本に人買い・奴隷制があったと思われる歴史と奴隷解放・・主人公・つしおおは、偉くならず、最後まで奴隷としてこの物語は書かれている。昔は偉人伝としてでないと、物語として残らなかった背景があることを考慮。自らの力で困難に立ち向かい自由を勝ち取っていく主人公・つしおおの、凛々しい姿に励まされる。親子の再会の場面では親子の情愛が描かれている。そして、新潟を舞台に・・人さらい・・今なお解決していない拉致問題とリンクする。(1967年作曲)
「佐倉義民伝」は、百姓一揆の物語。年貢(増税)に苦しむ百姓に味方した名主・宗吾の存在は、一揆を励ます種となる。日本各地に宗吾を祀る神社や祠があり、地方の一揆を実行する参考にもされました。歴史的に、百姓一揆の物語をそのまま伝えるのはご法度だった時代、説教浄瑠璃のもとの題は、「浅倉草紙楓短冊」(あさくらぞうし・かえでのたんざく)、話の筋を関西のものにしたり、名前を変えたり一揆の相手が悪代官だったりして伝えられました。これを、史実に近づける必要があり、また、農民一揆の物語である以上、重点を名主・宗吾より、農民・甚兵衛に重きをおくべきという考えで物語を改定されました。農民のたたかいの犠牲になる決心をした人間同士の結びつきの美しさを描いています。(1965年作曲)
弾く・語る・唄う・話すの正に極め付け!佐倉義民伝「甚兵衛渡し場の段」杵屋邦寿一人シリーズ全五段之三 行ってきました! [日記]
過去のブログで、佐倉義民伝の公演について振り返り、初演の熱い想いが甦る [佐倉義民伝]
佐倉義民伝の私達にとっての初演は、師匠にとっては27年ぶりの再演でした。2009年9月の過去の記事で、「運命の出会いと執念の佐倉義民伝公演初演」の記事、いいだ人形劇フェスタに挑む年に書いた内容を、今になって読み直し、ともするとなあなあで、何となく日々が過ぎてしまう週1回の車人形の稽古。まだ教えてもらってもいない佐倉義民伝公演の車人形オファーに対し、腹をくくって公演をやり遂げる覚悟をして稽古に望んだことを思い出したのです。私達が専門家をその気にさせてしまったこの話、決して断ってはいけない!やるから、ちゃんと出来るように教えて!教えるのに私達じゃ不服?!いつになったら教えてくれるの?やらずに年をとっていく気?とまで師匠にくってかかり、本気で公演に向けての稽古をする決断を師匠にも迫ったのです。身近な仲間を本気にさせるのは、自分が本気で決意すること。ひとりの決意は、ふたりから4人、5人と意思統一され、公演の運びとなったのでした。もう一度、その頃の熱い想いを思い出す時期がきました。来年、私達も佐倉義民伝に再度挑みます。
平井作品・佐倉義民伝ブーム到来?!平井作品に挑戦する方がまた一人 杵屋邦寿氏三味線弾き語り [PickupPR]
さんしょう太夫・浅草公演の時の三味線でお世話になりました杵屋邦寿氏が、平井作品の弾き語りの公演を予定されています。11/23(祝)ホールDOZ 12:30~と、17:30~の二回公演。佐倉義民伝「甚兵衛渡し場の段」。最近になって、私どもは、このことを知りましたので、車人形は付きませんが、弾き語りで、平井作品に挑戦される方がまたひとり増えたことは、喜ばしいことです。今こそ平井作品を!平井作品ブーム到来?!












































